2012年07月29日

僕はライコネンが大嫌い 〜ハンガリーGP終了前に〜

残り11周。
ハミルトンが1位を走っていて、その0.9秒後ろにライコネンが走っている。
この時点でアップしておきたい。

僕はライコネンが大嫌いだ。(あくまでも個人的な感情です。)

あれは2007年。
三つどもえの状態で最終戦を迎えた。
結局はライコネンが逆転劇をしワールドチャンピオンとなった。
だがあの時、フェラーリでタッグを組んでいたフェリペ・マッサのおかげでワールドチャンピオンになったと言ってもいい状態だった。

そして翌2008年。
今度はチームメイトのフェリペ・マッサがハミルトンとのワールドチャンピオン争いをする。
-------------ここからはtopnews.jp の該当記事の引用----------
マッサの母国ブラジルで行われた2008年の最終戦、ドライバーズランキング2位のマッサがチャンピオンになるには、優勝あるいは2位でゴールし、かつライバルのルイス・ハミルトン(マクラーレン)が6位以下でゴールすることが条件だった。そして、マッサがトップでゴールしたとき、ハミルトンは6位を走行していた。ハミルトンがゴールするまでの十数秒間で順位が変わらなければ、マッサがアイルトン・セナ以来のブラジル人チャンピオンになるはずだった。しかし、最終ラップの最終コーナー直前で、4位を走行していたトヨタのティモ・グロック(現マルシャ)がスローダウンし、グロックを抜いたハミルトンが5位に浮上。誰も予想し得ない劇的な展開で、2008年F1ワールドチャンピオンの称号は、ハミルトンの手に渡った。
-----------------------(引用はここまで)

マッサが1位でゴールした時、誰もがマッサのワールドチャンピオンを信じていた。
前述の通り、ハミルトンの最終ラップの最終コーナーでワールドチャンピオンはハミルトンが獲得することとなる。
ハミルトンは良く頑張ったと思う。
だが、ハミルトンは故アイルトン・セナとよく似た「天才肌」なところがある。
いつでも何度でも生きてさえいれば何度でもワールドチャンピオンになれるだろう。
だがマッサはそうではない・・・2008年を逃したらもうワールドチャンピオンにはなれないだろうと私は感じていた。

レース後に行われたインタビューを見て僕は完璧に切れた。
ライコネンの野郎、何をのこのこと表彰台に登ってやがるんだ!!
(まぁ、F1レーサーとはそういうものなのは分かってはいるのだが・・・)

2007年のお礼にポジションをティモ・グロックの後ろに取り(つまり5位を走り)
ハミルトンをブロックすればチームメイトのマッサがワールドチャンピオンになっていた・・・
2007年の恩を忘れたのか?てめぇ〜!!

同時に思い出されたのは、故アイルトン・セナがマクラーレンを去る年、
最終ラップで1位の座をチームメイトのゲルハルト・ベルがーに譲ったことだ。
それはセナからベルガーに対してのお礼に他ならなかった。
同じことをライコネンに求めてはいけないのかも知れないが、長らく助けてくれていた同胞に対しての立ち振る舞いとして考えると、ライコネンはセナの足下にも及ばない・・・そうバッシングされても仕方ない・・・

だから今日はハミルトンがライコネンの優勝を阻むことを望む・・・




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posted by FerraristaMASSA at 22:51 | Comment(0) | F1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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